下越新潟ネタ

坂井神社(新潟市西区)に行ってきました~2016年9月~

概要

かなり時間が経ってしまいましたが、9月に新潟西区の坂井神社に行ってきましたので備忘録。

 

坂井神社とは

坂井神社とは、新潟県新潟市西区に鎮座する神社です。
元々は付近の3カ村の産土神(うぶすながみ)であったようですが、寛永3(1626)年に越後長岡藩の初代藩主・牧野忠成より現在の内地が寄進され、社殿を建立したといいます。
現在の社殿は平成4(1994)年に竣工されたもの。

メモ
牧野忠成(1581-1655/1/23)は、父は徳川家(のち酒井家)家臣・牧野康成。母は徳川四天王の酒井忠次の娘、鳳樹院。
主に徳川2代将軍秀忠に仕え、関ヶ原の戦い(真田攻めの件で叱責されるアレ)、大阪冬の陣、大阪夏の陣にも従軍。
元和4(1617)年、越後長岡藩に移封。寛永2(1625)年、秀忠より領地の朱印状を発給され、寛永7(1630)年、初めて長岡の土地に入る。
承応3(1654)年、江戸にて死去。享年74才。墓所は普済寺(新潟県長岡市)。

御祭神と年間祭事

天照皇大神
豊受大神
大国主大神

元は天照と豊受大神を祀る神明社(伊勢神宮の分社のようなもの)であったようで、嘉永元(1848)年に大国主(出雲大社の主神)が合祀されたそうです。
御神徳は、国土平安、産業繁栄、厄除開運、学業成就、福徳円満など。

歳旦祭:1月1日
春季大祭:4月15、16日
大祓式:6月30日
秋季大祭:8月25日、26日
七五三参り:11月中
新穀祭:11月16日
大祓除夜式:12月31日
月次祭:毎月1日、15日

 

境内写真

私は電車+徒歩で行きました。
新潟駅から越後線「新潟大学前」(新大前と時刻表で略されている可能性大)で下車し、徒歩10~15分ほどです。駅から国道16号線に出るまでは少しだけ曲がったりしますが、国道まで出てしまえばあとは道なりに行くだけで迷いませんでした。
私の地元は1時間に1本電車があれば御の字だったのですが、流石大学があると違いますね。20分に1本は少なくとも走っているようで、行きも帰りも楽でした。

遠景

入口。この右手に手水舎があります。

手水舎。お水も綺麗でした。

拝殿。
想像以上に立派で驚きました。。。

拝殿。
お賽銭箱の前にたつと、左手天井にセンサーがあって、自動的に案内音声が流れます。ハイテク…。

しめ縄

拝殿に背を向けて左手

拝殿に背を向けて中

拝殿に背を向けて右手(社務所)

御神札授与所。
拝殿の右手にありました。行った日は閉まっていましたが、お祭りのときなどはここが開くのでしょうね。

御神輿庫があってちょっと感動しました。地域の神社な感じがして好きです。

御神輿庫の右奥にあった鎮魂碑。近寄れなかったので遠目から。

拝殿右手の新社殿記念碑。

朱印とお守りなど

朱印。

自分用のお守り。
このほか、親族へいくつかお守りと、実家お土産で纏を買いました。纏の写真取り忘れてしまいましたが、あまり見かけないものだったので思わず。

いただいたポストカード。

そのほか

私事ですが、こちらの神社が父方の祖母に繋がっていまして。
元々数年前に祖父が亡くなる前に譲り受けたアルバムに絡んで、口数の少なくなった祖父を慰める意味合いで祖父方の家系図をつくっていたのです。

これが意外と親族に好評で、では祖母方も作りましょうと、今度は病院の住人化していた祖母へ聞き取りを行ったのが、かれこれ3年ほど前。私それまで祖母方の家系が神道系なことも、この神社の存在も全く知らなかったのです。
祖父も祖母もそれぞれの家系図聞き取り終わってしばらく経ってから亡くなりまして、ちょうど祖母の1周忌があったので、その前日にこちらに参詣させていただきました。
アポなしで訪問したのですがお話し色々聞いてくださってありがたかったー。

これで私の先祖巡りの旅もいったんお終い、あとは実家の人々へ任せて心置きなく旅立とう…と思ったのですが、祖父方から「今まで教えたとこより上の御先祖にあたる過去帳みれるように調整したから!」というありがたいお知らせが入ったので、多分数年後に今度は寺巡りの旅へ出そうです。

ちなみに纏をあげたら母から貰った出羽三山の熊野神社のお守り。
今まで神社とか行く人じゃなかったのに、50越えてからの母の行動力が不思議です。

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