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明治中期以降

  • 2021年10月2日
  • 2021年10月1日
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【史資料】統一学社関連史料(統一学社入社名簿、出金申込書)

3日に1回更新するのを頑張っている期間です。 『恵の露』の途中ですが、意訳が続いているので気分転換に資料紹介を。 なお中途半端な写真になっておりますが、クリックで大きい写真が見れます。 統一学社 統一学社は、鳥尾小弥太が明治35(1902)年に、青少年の教育を目的に起こしたものです。 京都・高台寺のあたりに一得庵という別荘をもっていた鳥尾はそこに関西支部を作 […]

  • 2021年6月5日
  • 2021年8月14日
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鳥尾小弥太と四将軍3ー谷干城遺稿(3)ー

四将軍とは 四将軍とは、明治十年代に、山縣有朋を中心として政府中枢に力を持っていた陸軍主流派に反対する勢力となった、四人の将軍のことを指します。 メンバは、陸軍中将・谷干城、陸軍中将・三浦梧楼、陸軍少将・曽我祐準、そして陸軍中将・鳥尾小弥太で、この四将軍に関する逸話などを紹介していくカテゴリとなっています。 谷干城遺稿 附録第一編 逸事及逸話 前回に引き続き […]

  • 2021年5月16日
  • 2021年8月14日
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鳥尾小弥太と四将軍2ー谷干城遺稿(2)ー

四将軍とは、明治十年代に、山縣有朋を中心として政府中枢に力を持っていた陸軍主流派に反対する勢力となった、四人の将軍のことを指します。 メンバは、陸軍中将・ 谷干城、陸軍中将・三浦梧楼、陸軍少将・曽我祐準、そして陸軍中将・鳥尾小弥太で、この四将軍に関する逸話などを紹介していくカテゴリとなっています。 四人に対して個人的に抱いている色でカラーリングしてみました。 […]

  • 2021年5月3日
  • 2021年7月28日
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鳥尾小弥太と四将軍1ー谷干城遺稿(1)ー

四将軍とは 鳥尾小弥太は、長州藩出身であったことから明治初期はいわゆる「長州閥」というグループに分類されます。 長州の中で倒幕の中心戦力となった奇兵隊員として戊辰戦争後も存命していた彼は、このために明治9年、28歳という若さで陸軍中将となりました。 しかし、内乱が終息し、明治政府がいざ国政へと歩み始めたあたりから、政治的見解の相違のためか徐々に陸軍主流派との […]

  • 2020年12月1日
  • 2021年8月14日
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【歴史ネタ】三浦梧楼、息子のために嫁を探す

一個前の記事で書いた三浦の嫁取り話がすでに文字起こしされて残っていました。 というわけで我慢できなかったのでアップします。 三浦観樹、其子の為めに妻を娶る。新婦は、相州農家の出なり。會て三浦家に仕ふ。将軍夫妻、其端正貞淑を認めて嘆賞不措、人をして婚家を議せしむ。其父頭を持つて曰く、百姓の子豈に華族の室たるに堪へんやと、頑として應ぜず。将軍曰く、此の親にして此 […]