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史資料紹介

  • 2021年5月16日
  • 2021年6月5日
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鳥尾小弥太と四将軍2ー谷干城遺稿(2)ー

四将軍とは、明治十年代に、山縣有朋を中心として政府中枢に力を持っていた陸軍主流派に反対する勢力となった、四人の将軍のことを指します。 メンバは、陸軍中将 谷干城、陸軍中将 三浦梧楼、陸軍少将 曽我祐準、そして陸軍中将 鳥尾小弥太で、この四将軍に関する逸話などを紹介していくカテゴリとなっています。 四人に対して個人的に抱いている色でカラーリングしてみました。 […]

  • 2021年5月5日
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恵の露~鳥尾小弥太の回顧録~

恵の露とは 『恵の露』は、1901(明治34)年5月に出版された、鳥尾小弥太が自ら記した小伝です。 これに先立つ1898(明治31)年に博文館より出版された雑誌『太陽』にて、自身について記載された内容が、過去に誤った情報を流していた書の情報によっていたことから、「さすれば誤りも正して置かぬ時は、事實として何處までも傳はると云ふ事に心付き、余が實歴を講話して置 […]

  • 2021年5月5日
  • 2021年5月15日
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鳥尾、年上に逆らえないの巻(田中光顕『維新風雲回顧録』より)

一個前の記事で、紹介していた岡柳の資料を誤って田中光顕としていた上に名前を誤字していたので、その誤っていたほうの田中さんの『維新風雲回顧録』から、鳥尾に関する話として「山縣有朋の憤怒」から一部抜粋して紹介します。 なお、この回顧、タイトルから何から突っ込みどころが多すぎて笑いが止まらない。 元資料は国デジで公開されています。 維新風雲回顧録(田中光顕/大日本 […]

  • 2021年5月3日
  • 2021年5月5日
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鳥尾小弥太と四将軍1ー谷干城遺稿(1)ー

四将軍とは 鳥尾小弥太は、長州藩出身であったことから明治初期はいわゆる「長州閥」というグループに分類されます。 長州の中で倒幕の中心戦力となった奇兵隊員として戊辰戦争後も存命していた彼は、このために明治9年、28歳という若さで陸軍中将となりました。 しかし、内乱が終息し、明治政府がいざ国政へと歩み始めたあたりから、政治的見解の相違のためか徐々に陸軍主流派との […]

  • 2019年3月3日
  • 2019年3月3日
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兒戀草006

本文 富貴と稱し。貧賤と呼ぶも。富者必ずしも貴からず。貧者必ずしも賤しからず。元来貧富は。只財の多寡を言ふのみ。貴賤の如きは。徳と位によりて稱せらる。其位に人爵天爵の別あり。特に長幼の分。君子小人の別あり。故に朝廷には位を尚び。郷黨には齒を尚ぶ。貧富を以て禮を定め序を立つると。古今曾てあることなし。後世人の徳衰へ。一向ら華を競ひ。奢を好み。貪欲の心日に増長し […]